鳥の語り場

囀り鳴いて語るだけ

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LOM小話 : 楽しき連れて

二次SS



 悲しいな。悲しいな。
 苦しいな。苦しいな。

 そんなの捨ててしまえば楽なのに。
 そんなの置いてしまえば楽なのに。

 ああ、つらい。ああ、嫌だ。
 全部棄ててゴミ箱へ。
 全て放ってゴミ山へ。
 奈落の底に落としてしまえ。
 落としてしまえばこの通り

 身も気も軽いシャドールさ
 みんな一緒のシャドールさ



――――



 いつものように流れる音楽。いつものように流れる時間。
 積み木のような肌触り豊かな街の、丸い噴水が白い放物線を描く広場。
 手回しオルゴールの音色にのせて、くるくるとジャグラーの掌が空を回します。
 それは旅芸人の二人組。
 派手な衣装に賑やかな音楽。
 けれども、お客はまったくいやしない。
 それでも笑顔をたやさずジャグラーは芸を磨いて、のんびりとした音楽隊はマイペースにハンドルを回す。

 いつものように、いつもの二人。
 いつものように、変わりない時間の中で。

「カペラ-」
「ん、どうしたディドル。また、嫌になっちゃったのか」

 間延びした声に軽口のように素早い声。
 互いに手を止めて、ゆっくりすばやくそれぞれが向き直ります。

「ちがうよー。もう、まえみたいにいやなかんじはしないからー」
「おう、そうか。それじゃあなんだ?」

 軽口のように見せて、少しの心配から胸をなで下ろしたカペラはディドルに尋ねます。
 すると、ディドルはごそごそと懐を探って何かを取り出そうと、けれど、なかなか見つからずゆっくりと口を動かしながらそれを続けます。

「曲、変えてもみてもいいー?」
「ん、どうしてだよ。いい曲じゃんか」

 いつもの曲、いつもの振りで続けてきた音楽。
 我が楽隊には一番の曲だとカペラが勝手に思っている音楽に。
 そもそも、他に鳴らせる曲などあっただろうかと。

「ええとねー。この前のこと話したらー、お姉さんに話したらー、これをつくってくれたんだー」

 そういって、ごそごそしていたのをやっとのことで終えて、取り出したのは替えの音盤。
 それをいつものオルゴールと入れ替えて、そっと鳴らし始めます。
 くるくると。きゅるきゅると。

 わずかな軋みの始まりと共に。

 どんよりと、ほど暗く。けれど、どこか炎の保つ温かさがする。
 静かで力強く。だけれど、何かが踊っているような楽しげな旋律が流れている。
 真っ暗な洞窟とランプの灯り。まっくらどんよりとした夜の下、くるくる回る踊り手の。
 不思議な音。楽しげな音。 少し怖くて、でも、覗き込みたくなる遠い音。

 そんな、何かのイメージから生まれた音楽。

「……この前って、あの真っ暗なお墓の下のことか」

 思い出したのはいつか行った――ほとんど、連れていかれたようなものの地の底のこと。
 身震いするような恐さに溢れ、本当に生きて帰れないかと思ってしまった冒険だった。
 一緒にいてくれたあの人のおかげでどうにか助かったものだが……そんな恐ろしさも忘れてしまったのか、危険にさらされていた当の本人は「うん、そうー」と相変わらずののんびりとしたまま。
 あの時、本当に命の危機だったことなんて、すっかり覚えていない様子で。

「でもさ、あいつらのせいでひどい目にあったの、忘れたのか?」
「でもー。一緒にいてくれたからー」

 まるで、友達のように。
 きっと向こうは覚えてもいないだろうに、少し懐かしそうに話すディドルに、カペラは少しあの時を思い出して。


「嫌な気持ちでも、わかってくれるのはうれしかったからー」
「……」

 同じにはなれなかった自分を思い出す。
 きっと、自分もそのいやなものはわかっていたような気はするけれど、ディドルとはまた違う嫌なものだった。
 だから、それはきっと同じ気持ちではなかった――どちらかというと、あのふわふわとした連中の方がディドルの気持ちはわかってあげていた。

「そうだな、うん」

 そう、思い出してうんと頷いた。
 あれはあれできっと、ディドルを助けようとしてのだろう。
 そして、ディドルはそれが嬉しかったのだろう――そう思って、カペラは笑った。

「あいつら、楽しそうだったもんな。きっと、楽しい曲にできるさ」
「うんー。ぼくもがんばるー」

 そう力強く見えなくもない決意を見せるディドルに、カペラはまたうんと頷いて。
 両手に持っていたジャグリングのボールをしまう。

「ならいいや。やっぱり音楽は楽しくないと」

 ぱんぱんとズボンついた泥を払うようにしてから、ベンチの置いていた荷物を抱える。
 旅荷物、にはちょっとこころもとないのであとで買い物しないと、と。

「じゃ、場所を変えるか」
「どうしてー?」

 慌てて動き出すディドルに、にかっとカペラは笑う。
 言葉を伝えるのはまだまだ下手だけれど、それでも、伝え方くらいはわかっているともりだと。


「だって、音楽には似合いの場所ってもんがあるだろう。そういう場所にいかなくちゃ」
「ああ、そうだねー」

 そうぱたぱたと歩き出すカペラの後ろを、またのんびりとディドルは歩き。
 
 せかせかにこにこ。のったりゆったり。
 ジャグラーと音楽隊は息を合わせて、次の見せ場へと。


「ありがとうー、カペラ」
「いいってことよ」


 音を楽しみ、芸を磨いて。
 みんなを笑わせ、自分も楽しく。
 未熟ながらものんびりと。せかせかゆっくり精一杯。


 いつも通りと、進みます。
 空に鳴らして、土に染ませて。

 楽しき音楽響かせて、旅芸人が参ります。 


――――



 わいわいがやがや騒いでいるよ。
 ぶらぶらぐらぐら怠けているよ。
 落ちた俺たち末路の姿。
 捨てた誰かの末期の姿。

 そんな俺たちシャドールだ。
 そんなものがシャドールさ。

 それでもたまに思うのさ。
 それでもまれに思うのさ。
 おれたちゃ腐っちゃいるけれど
 おれたちゃふざけちゃいるけれど

 仲間は大切してるのさ
 内輪じゃ大事にしてるのさ
 だから一緒で楽しいさー
 だから明日が楽しみだー

 一緒にいたきゃ顔鬱げ
 一緒になりたきゃ下を見な
 そんなおれたちゃシャドールさ。
 そんな気分のシャドールさ。

 笑ったあんたはシャドール違い
 見上げたあんたはシャドールならず
 奈落の底にゃまだまだ甘い
 お天道みあげて出直しなー

 そんなおれたちゃシャドールさ
 みんなで独りのシャドールさ


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案山子の日々

童話



広い広い畑の中心。
赤茶けた土と、まだ芽を出したばかりの小さな緑ばかりに囲まれて、一本の案山子が立っていました。
古ぼけた笠にすりきれた着物。目と口は小さなまん丸と何だか笑っているようにも見える曲がった線。
とても簡素で平凡な、いまにも倒れてしまうそうな案山子です。
そこに置かれたまま、ずっと畑を見ているだけ。
何の変哲もない、ただの案山子。
誰も、それを気にする者もいない。当たり前の、ごく当たり前にそこにあるもの。
ただ、鳥を追い払うだけの役目をもった。

案山子はそれをずっと続けて、ずっと同じに、ずっとそうしてきた。
ただ、それだけのものでした。
なんの変哲もない、ただの案山子でした。


―――


ある日、案山子の畑にたくさん野菜が実った日がありました。
他とは何も変わりないのに、隣の畑も同じ野菜を同じように大事に育てていたのに。

それなのに、案山子がいた畑からはたくさんの野菜がとれました。
おおきなかぼちゃ、みずみずしい白菜に、丸まるとしたじゃがいもの。
甘く美味しく、他の畑のものよりもずっと美味しい野菜たちが――それが案山子のいる畑にだけ。

畑の主は喜びました。
こんなに美味しい野菜がとれたのだと、こんなにもたくさん収穫できたのだと。
みんなに自慢してまわって、みんなに喜びを伝えて、それを村中全部に言い回って。
次の日にはもう、知らない人はいないほど。

みんなはそれをとても不思議に思いました。

どうして、あの畑だけこんなにも収穫があったのだろう。
どうして、あの畑だけこんなにも美味しい野菜がとれたのだろう。
それにはどんな理由があるのだろうか。

土も他とはかわりません。水もお隣とおんなじです。
育て方も、まいた種も、みんなみんな一緒です。


一つだけ違うのは、そこにはあの古びた案山子があったこと。
村の人々はじっと、その案山子を眺めて――一つだけ、それを思いつきました。


―――


次の年。
また種を植える季節がやってきたとき。
村中の畑にはそれぞれ一つずつ、新しい案山子が立っていました。
あの畑にある、あの案山子と同じような顔をして、けれど、少し違う形に。
まっすぐな口や三角の目や真っ白なシャツに赤いマフラーに。
同じような案山子が、少しだけ違う案山子が、たくさん、たくさん立てられていました。
畑一つ一つに。村の家族の、その数だけ。

一つしかなかった案山子が、村に溢れていました。
新しい案山子が、新しい姿が、けれど、どれも似たような姿で。

同じように。同じように立っていました。


村人たちは、まるでおまじないでもするように案山子に毎日手を合わせ、美味しい野菜のことを願います。
一直線の口や三角の目に向かって、お祈りでもするように。
美味しい野菜のことを願いながら一生懸命に。

たくさんの野菜と美味しい収穫を目指して、案山子を眺めながら働きました。
きっとそうなるだろうと、いつも以上の願いを込めて。


案山子はただただ、そこに立っていて。
働く人々を見つめていました。


そして

そんな日々が過ぎた後。
収穫の季節がまたやってきたとき。

いつもとかわらない量の野菜たちに囲まれて――村中のみんなは少しだけがっかりとしました。
村中にある案山子たちに囲まれながら、それでも、たくさんの野菜の収穫に祝いの声を上げました。

いつもとかわらない野菜。けれど、少しだけ美味しくなったような気がして誰かは不思議に思って――気のせいだと思ってわすれました。
いつもと同じ野菜。いつもとおんなじ幸せに、みんなは笑ていました。


新しい案山子は、その年の分、一つ古くなりました。






そうして。そうして。



―――



「案山子さん、いつもありがとうね」

小さな、背の丸まった小さなお婆さんがそういいました。
古びた案山子に、なんとなしに声をかけて、それからまたいつもの畑仕事へと。

その案山子は少しだけ曲がった線の口をしていて、とても古びたもの。
古びているだけで、他にかわったことは何もありません。
ただただ、古いだけ――そして、そんな案山子がたくさんこの村にはありました。

美味しい野菜がたくさんとれることで評判の村。
みんなが懸命に働いて、色々な工夫をすることで美味しくなった野菜。
それを、ずっと育ててきた村の、ずっと同じ風景。

それはずっと同じ。


そして、その真ん中あたりの畑に。
一際古びた案山子は、いつもと同じようにそこにありました。
何だか笑ったような顔をして、ずっとそこに立っていました。





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即興短編:マッチ箱の兵隊

童話


マッチ箱を手に入れた。
どんなお願いでも叶えてくれる大勢の兵隊が詰まっている。
魔法のマッチ箱。

マッチを一本擦る。
その火のついている間だけ、兵隊が現れる。
何でも言うことを聞いてくれる兵隊が。
たくさん。たくさん。

そんな夢のマッチ箱。

「そんな凄いもの、なんで使わないんだい?」

ある人はこういった。
そんな便利なものがあるのなら、ずっとお金持ちにもなれるだろう。
なぜそうしないのだと。

僕は黙って首を振った。
お金持ちにはなれないと。
なることはできないのだと。

「そんな便利なものを、宝の持ち腐れだ」

ある人はそういった。
そんな便利なものがあるのなら、何でも簡単に実現できるだろう。
どうしてそうしてしまわないのか。

僕は黙って首を振った。
何でもできるようにはなれないのだと。
簡単には実現しないのだと。

「そんなものがあれば、何にもしなくてもいいね」

ある人はそれを語る。
そんな便利なものがあるのなら、何もしなくていいだろう。
私ならそう使うのにと。

僕は黙って頷いた。
あなたならそう使うだろう。誰かならそうするのだろう。
けれど僕は、それをしたいとは思わないのだと。


みんな、首を傾げた。
みんな、よくわからないといった。

僕はこういった。

「僕は兵隊にはなれないのです。今こうしていることが僕がやりたいことなのです」

兵隊が持っているもの。兵隊ができること。兵隊がやってくれること。
僕の願いは叶うけれど。僕の願いは叶わない。
何でもできるのだけれど、何にもできてはいないのだから。

「僕が叶えたいことは、兵隊達にはできません」

みんな、首を傾げた。
おかしなことだと、口々にいった。

僕はそれでも笑っていた。

「僕は、僕の願いを叶えたいのです」


マッチ箱の兵隊は、ずっと命令を守っている。



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徒然覚書き――ロボット諸処について

即興小説



 落書き帳に描いた主人公。
 無機質な四角い箱を重ねて灰色に塗った金属製の、緩い線で描い目がまあるい穴のようにも見え、長方形をいくつかに分けただけの口の形は黄色に塗られてライト付きということに。
 そんな、思い付きばかりで描かれたロボット。
 シンプルな造形に、足の代わりの車輪と頭にそびえたついでのようなアンテナ。
 ぎいぎいと、動き出せばそんな音が鳴りそうなほどおんぼろで。
 多分、隣にはスラリとした最新型のロボットが並んで眩しく輝いているのだろう。
 旧型、と呼ぶのが似つかわしい。きっともっと発展したものがある。そう、簡単に思い描いてしまう。
 (そんなもの、知るはずもないのに)

 目には優しい。優しい色をして、何かを思い起こさせる。
 そんなものは見たことはないはずなのだけれど、何だか懐かしい。見たことのない、だけどずっとどこかにありそうな気がしていた形。
 なんとなくに指を動かしたら完成してしまった。いくらでも描けそうで、いくらでも量産できそうで……でも、知らない。
 古びた坑道でゆっくりと単純作業を繰り返す姿。古びた街の雑踏で手に持つチラシを右往左往と配り続ける姿。
 どこにでも重ねることはできて、どこにでもいそうな気がしていて……でも、いない。

 これはなんなのだろう。これはなんというものなのだろう。
 形になっているのに、形として在ってはくれない。
 (これは何を写したものなのだろうか)


 わからない。けれど知っている。
 このロボットは、私の中にある一つのプロトタイプなのだろう。
 設計図の中にある……設計図を作るために思い浮かべるその原型。
 何も付け足していない。何も持たせてはいない。何も吹き込んでいない。
 ただの型としてそこにあるもの。
 最初の形。

 『ロボット』といわれて、『ただ、手を動かしただけ』で完成するもの。
 未完成の、完成形。
 (最初に得た、思い描いた形)


 最初の一歩のその前の形だからこそ、きっと、それは懐かしいのであるのだろう。



 「ロボット諸処についての覚え書き」

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(習作)コーヒータイム

即興小説


「やあ、いらっしゃい」
 リンと鳴り響くドアベルを通り抜けて届くのは、そんな歓迎の言葉。
 うだるような外の空気とはうって変わって、涼やかに澄んだ空気が私を迎えてくれる。
「どうも」
 小さく頭を下げて、挨拶を交わすのは先ほどの声の主。にこにこと人当たりのよい笑顔をして、ピカピカに磨き上げられた焦げ茶色のカウンターの奥でグラスを磨く店の主人である。
 後ろに並んでいるのは、独特の形をしたコーヒーミルと、ぽとぽとと暖かな色の滴を垂らすガラス容器。
 どうやら、まだ残っているらしい。
 今日はついている。
「カウンター、座ってもいいかな」
「構いませんよ。お好きな席へ」
 一応の確認をとり、その真ん中、店主の前へと置かれた椅子へと座る。店に入った瞬間から感じていた香ばしい珈琲の香りが、そこまでくるとよけいに強く鼻を擽って、心地よく気を静めてくれる。
 それもまた、こういう古風な喫茶店の醍醐味の一つであるだろう。
 落ち着いた調度に古めかしい器具の置かれた棚。全体的に暖色で統一されており、沈黙しては響く、置き時計のこっこっと鳴る音はどことなしかのノスタルジーを与えてくれる。落ち着いた雰囲気が、そのまま自分の体に染みこんでいく様な気分だ。やはり、居心地がいい。
「どうぞ」
「ありがとう」
 そう答えて受け取ったのは、薄い刺繍の入った白のナプキン。
 それで手を拭いている間に、しっとりと冷えた透明が注がれたコップが、ことりと音を立てて、目の前へと置かれた。無地ながらも中に入った氷ごと向こうを透かすそのコップは、窓から入る光を反射してどこか暖かさを感じさせるものへと仕上がっている。それに加えて、丸く区切れたコルク製の置き場に描かれた小魚の模様が、その底で揺れているのが見える。それはまるで、コップの中を小さな魚がゆらゆらと泳いでいるようにも見える。少し面白い。
「お決まりになりましたらお声をおかけ下さい」
 そういって前に置かれるメニュー。
 開かれているのは今日のおすすめが書かれている手書きのページ。
 どうやら、焼きたてのケーキセットが今朝のおすすめであったらしい。確かにここのケーキは絶品ではあるのだが、それを朝から頼んだ者がいたのかどうか。
 もし、そんなことをした者がいたのなら余程の強者であろう。朝から甘いケーキで舌を甘やかしておいて、後でどう絞めなおすのかどうか。少なくとも、私ならそこで気が抜けてしまって、これから頑張ろうなんて気持ちを沸かせることはできないだろう。それだけは断言できる。
 そんなことを考えてしまって苦笑いを浮かべながら、次のページへとメニューをめくる。僅かに黄味がかったそのメニューは、ちょっとした古めかしさを感じされる色合いとなっていて、上下に縁取られた花と葉の模様がそれを引き立てている。フォントもその姿にあった雅なもので。それは店の中にある周りの風景も合わせて、ちょっとした英国紳士の気分を感じさせてくれる瞬間だ。
 少々、優雅な気分にもなってしまう。まあ、そうはいっても。
「水出しの珈琲を……いつものアイスカフェオレで」
「かしこまりました」
 メニューを眺めたのは格好だけで、頼むものは既に決まっている。大人の苦みを持つブラックではなく、ちょっとした白の柔さを混ぜ込んだ微糖入り。
 どうにも味覚だけは大人振ることはできない。
「こちらは今日のサービスです」
 それが出来上がるのを待つ少しの間のために、小さな陶器に乗ってやってきたのは、四角いクッキーの群れ。さっくりしっとりと、見ただけで伝わってくるその食感に想像を巡らせながら、「ありがとう」と受け取った。
 そして、店主が後ろを向いた瞬間にすぐさまぱくりと口にする。
 感じるのは、思い描いたままの舌触りと僅かなシナモンの香り。程良く甘く、気持ちと舌に優しいもの。
 目を細め、じっくりとそれを味わいながら。のんびりと眺めるのは、店主が珈琲を入れる背中側からの様相。
 ぽとりぽとりと落ちていた滴が止められて、その下から外された容器がゆっくりと傾いて、トクトクとコップの中へと注がれる。
 それは早いもの勝ちの数量限定品。その時溜まっているかどうかの幸運の品。水のみ注いだ、時間掛かりの嗜好品。
 カラカラ鳴る氷の音に、続けて混ぜ込まれるミルクの渦巻き。漂う香りは、とても優雅で、心地いい限り。その全ての雰囲気を見た目で味わいながら、我が舌は直接的な接触を待っている。
 のんびりと、この店の雰囲気そのものが染み込んだようなその味を。
「お待たせしました」
 半透明色のストローが差し込まれ、カランと音を立てる茶色と白の中間色。僅かに加えられた糖分は、店主任せのオリジナルなブレンド。冷えたグラスに露水が滴り、涼を嗅ぐわす。
「ありがとう」
 もう一度、そう言ってから手を伸ばす。掌に伝わるのは温かな涼やかさ。
 そこから伸びた吸い口へと頭を傾け、ゆっくりと息を吸う。流れ込むのは、甘くて苦い、程良い緩さ。大人のような子供のような、合間の味。
 すっと、それは疲れた身体にゆるりをもたらし。
「ああ、おいしい」
 素直にこぼす言葉に、ほっこりと笑んだ。
 今日も今日とて頑張れそうだと、もうすぐ終わりの昼休憩をかみ締めて、ほんのひととき心をほぐす。
 今日の頑張らないでいい時間の過ごし方。
 ゆっくりと感じるそのままの世界。

「……」

 頭はのんびりと欠伸をしている。
 まだ時間はそれなりにあるのだから、今はゆるりと気分を和まして。
 のんびりと、グラスを洗う店主を眺めていた。


 昼休憩のほんの一時のこと。



 きっとあとは、遅刻に大慌て。
 それでも悪くはない時間。

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